おじさんの本棚から取り上げる19冊目の本は、
小坂流加さんの『生きてさえいれば』です。
小坂さんといえば『余命10年』が浮かぶかもしれませんが、
この『生きてさえいれば』は小坂さんが亡くなった後に出版された彼女の遺作になります。
生きていれば。恋だって始められる。生きてさえいれば…。
Amazon あらすじより
大好きな叔母・春桜(はるか)が宛名も書かず大切に手元に置いている手紙を見つけた甥の千景(ちかげ)。病室を出られない春桜に代わり、千景がひとり届けることで春桜の青春の日々を知る。学内のアイドル的存在だった読者モデルの春桜。父の形見を持ち続ける秋葉。ふたりを襲う過酷な運命とはーー。?魅力的なキャラクター、息もつかせぬ展開。純粋な思いを貫こうとするふたりを描いた奇跡のラブストーリー。
あらすじ
ハルちゃんの手紙
12歳の僕「千景」は、叔母さんの「春桜」のことが大好きで、「ハルちゃん」と呼んでいる。
「ハルちゃん」は心臓の病気で、治るためには心臓を移植するしかない。
そんな「ハルちゃん」が、「宛名の無い手紙」を大切そうに持っていることに千景は気づいた。
千景が手紙を出してこようかと提案するが、ハルちゃんは宛先の住所がわからないのだと言う。
その手紙を送りたい相手の名は「羽田秋葉」。
手帳には昔の住所が記されているが、もう変わってしまったかもしれないと言う。
その日、ハルちゃんの病室を見舞う前に「千景」は、「明日死のう」と決めていた。
理由は同級生たちからの「いじめ」だ。
千景は、明日死ぬ前に「大好きなハルちゃんのためにできる最後のこと」として、手紙を届けることを決意する。
手紙の宛先「羽田秋葉」が見舞いに来てくれたら、「ハルちゃん」は元気になるかもしれない。
千景はそう考えたのだ。
千景は手紙を届けるためにひとり、東京から大阪へと向かった。
ハルちゃんの手帳に書かれていた住所には、やはり「羽田秋葉」はいなかった。
けれど、そこで教えられた先で、「秋葉」と妹の「夏芽」に出会うことができた。
しかし何故か「夏芽」は、「牧村春桜」という「ハルちゃん」の名前を聞いた途端警戒心をあらわにする。
秋葉と二人きりになった千景は、思い切って「思い出の中の人って、どんな人ですか?」と尋ねてみた。
秋葉は、「僕に”ほんとうの幸”を教えてくれた人だよ」と答えた。
春夏秋冬〜春桜と秋葉
僕「羽田秋葉」が「牧村春桜」に出会ったのは大学のサークルの新入生歓迎コンパ。
その時「春桜」は文学部三年、ファッション雑誌の「読者モデル」をしている大学一の有名人だった。
秋葉がもった春桜の印象は、
春桜はー牧村春桜は、春の夜空に輝くおとめ座のスピカのような人だった。
そして、秋葉の名前を知った春桜は突然、
「秋葉くん、結婚しよ!」
とプロポーズした。
理由は、二人の名前が「春と秋」だから「うまくいく」はずだと春桜は言う。
だが、その真の意味は、「春と冬をつなぐのは、夏と秋だから」と言うものだった。
春桜は言う、
「私は秋が欲しかったの」
「どういうことですか」
「夏芽ちゃんっていう妹さんがいるって聞いたわ。私には冬月っていう姉がいるの」
「だから?」
「正直言うと、夏でもよかったのよ。でも君は秋と夏を両方持っていたわ。これでコンプリート」
「春夏秋冬ってことですか」
「そうよ。春と冬を繋ぐのは、夏と秋だもの」
春桜は、姉の「冬月」との間にできた溝を埋めたかった。
姉の冬月は、自分と比べて生まれつき華やかで恵まれている妹の「春桜」を疎ましく思っていた。
その仲を繋ぐことができるのが、秋葉と夏芽だと春桜は考えた。
そうすれば「春・夏・秋・冬」がまたつながると・・・。
「ただ、それが理由で春桜は秋葉に近付こうとしている」と秋葉は考えた。
しかし春桜は、秋葉に本当に恋をした。
秋葉が片思いをしていた「麗奈」の服装を真似していたと告白し、
こういう服装がタイプなんだって思ったからよ。マンガ以外読んだこともないのに図書館へも通った。SF小説なんてちんぷんかんぷんだったけど、秋葉くんが好きなものだから好きになろうと思った。そういうのだけじゃだめ?
麗奈自身は、読者モデルの春桜が雑誌で着ていたコーディネートを真似していただけなのだが。
白紙の手紙
いくつかのトラブルと紆余曲折を経ながらも、春桜と秋葉は付き合うようになった。
お互いに「付き合っている」ことを確認しあった翌日から春桜は、取材で北海道に行くことになる。
北海道に行っている間「手紙を書いて欲しい」と春桜は、秋葉にお願いする。
けれど春桜はあの頃よりもっと深刻な声で言った。
「手紙を書いて欲しいの。私も書くから」
春桜が北海道へ発ってから二日して届いた手紙は笑ってしまうくらい分厚かった。
薄紫色の便箋を選んだのはりんどうの花言葉を知ったからだと書いてあった。
秋葉は春桜への返信の手紙に何を書けばいいのか、大いに悩んだ。
その結果、秋葉は「白紙の手紙」を出す。
「白紙で出したのは、書き切れなかったから」
信仰心など大して持っていないくせに、神様、と祈りを込めて、呟いた。
「春桜への想いを書こうとしたら便箋の枚数が全然足りんくて」
(中略)
僕は力が抜けたその場に膝をついた。電話口の向こうにいる春桜も力が抜けたような声で
「ありがとう」と泣いた。
そして、春桜が薄紫色の便箋を選んだきっかけの「りんどうの花言葉」とは、
あなたの悲しみに愛をもってよりそう。りんどうの花言葉、こっちの方が素敵だと思わない?
そんなふうに愛し合う二人は、「すべてがうまくいっていると思い込んでいた。」
固く閉ざされた、世界への入口
「すべてがうまくいっていると思い込んでいた」二人の世界は、
歪んだ嫉妬心と、くだらない奸計で奪われてしまった。
春桜が突き落とされた辛すぎる現実は、彼女の内部に潜んでいた病を発症させてしまう。
一方秋葉は、両親を事故で亡くし、下半身不随になった妹の夏芽の面倒を見るため大阪を離れることができなくなってしまう。
それきり、春桜と秋葉はもとの「二人の世界」には戻ることができなくなった。
世界への入り口は固く閉ざされた。
ーーー永久に。
12歳のポストマン
春桜と秋葉の「世界への入り口」が閉ざされてから、7年が経った。
その扉をなんとか開けようと頑張ったのが、「12歳のポストマン」千景だった。
心臓の病気で病院から出られない大好きな「ハルちゃん」のために、宛先のわからないその手紙を届けにきた。
僕は手紙を秋葉さんの胸に押し付けた。
五八〇キロの距離を超えて、白い病室から彼に手紙が届いた。
その手紙を開封し薄紫色の便箋を見た秋葉は、妹の夏芽と一緒に東京に行くことを決めた。
春桜に会いに行くために。
読後感
春桜も秋葉も、共に家族との関係に問題を抱えていました。
春桜は、早くに母親を亡くしました。
その母親の面影を強く纏っていたため、父親の愛情は姉の冬月よりも春桜の方に多く注がれました。
少なくとも、冬月にはそう見えました。
それが姉の冬月の心を歪ませることになります。
ただ私は、春桜が母親に似ているから、その身代わりとして娘を溺愛しただけではないと思います。
母親は心臓の病で亡くなり、その病気は遺伝性のものでした。
母親に似ているということは、それだけ病が遺伝する可能性も高いと父親は恐れたのではないでしょうか?
それだから、「隔離するような育て方」をしたのでしょう。
秋葉の本当の父親は事業に失敗し、家庭内暴力を振るうようになり、やがて出奔してしまいます。
その後間も無く再婚することを告げた母は、その時既に妊娠していました。
秋葉は、新しい父親を受け入れる心の準備もできないまま、突然再婚した母に不信感をもちます。
そして生まれた半分血のつながった妹の夏芽ことも、感情的に受け入れることができずにいました。
妹も両親も避けるように、東京の大学に進学した秋葉。
そんな二人が、心から安らげる場所として、お互いを選んだのです。
この物語を通して、人を不幸にする元凶の一つは「嫉妬」だと気付かされます。
春桜と秋葉の二人が出会うまで、それぞれ過ごしてきた辛い時期は家族間での屈折した「嫉妬」。
二人がやっと手に入れた「安らぎ」を壊してしまったのも、二人を想う他者の歪んだ「嫉妬」でした。
二人を取り囲む人々の、それぞれの過去を赦しあった時、そこに新たな優しい「安らぎ」が生まれたのだと思います。
いじめに絶望して、死の覚悟をした千景が「ハルちゃんのために最後にできること」として、「12歳のポストマン」を見事に務めました。
千景が届けた「ハルちゃんの手紙」を開封して、その便箋を一目見て、
秋葉はそこに込められた春桜の想いを一瞬で受け止めます。
12歳のポストマンが、バラバラになりかけていた人々をもう一度つなぎとめました。
そして、物語の最後に「生きていれば・・・」で始まる、4行のメッセージに作者がこの物語に込めた想いが凝縮されているように思います。
この作品が世に出たときには、作者はもう他界されていました。
最後の4行は、苦悩しながらも今を生きる私たちに「生きる意味」を投げかけれくれる力強いメッセージです。
未読の方はぜひ一度、手に取ってみて下さい。
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