おじさんの本棚から取り上げる9冊目の本は、
梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』です。
先日の「文庫本夏フェス」で紹介した、2021年「新潮文庫の100冊」にも含まれてます。
「あーそういえば、この本良かったなー」と思い、本棚の奥の方から抜き出してきました。
「新潮文庫の100冊」では「泣ける本」のジャンルに入っています。
「泣ける本」とか「泣ける映画」とかのジャンル分けが良くされますが、時々それらの作品であえて泣きたくなることってありませんか?
心と体がなぜか泣くことを求めているような気分の時ってあるように思います。
どうやら、泣くこと(涙を流すこと)には、心と体になんらかの効能があるようです。
それは、「心のデトックス効果」とか「心身のリラックスを促す」とからしいです。
この本を読んだ後は、何かスッキリするかもしれないですよ。
あらすじ
不登校
中学に入ったばかりの「まい」という少女がこの物語の主人公だ。
まいは、ある理由で学校に行けなくなってしまった。
きっかけは、いつもの季節の変わり目の喘息だった。けれど喘息の症状が回復してもまいは学校に行こうとしない。
そろそろ学校に行ってはどうかと促す母親にまいは、
「わたしはもう学校には行かない。あそこは私に苦痛を与える場でしかないの。」と答える。
母はまいにその理由を深く聞くことはなく、学校を休むことを認めた。
娘がそこまでいうのには、それなりの理由があるのだと察したからだ。
そして学校を休む間、まいは祖母(母の母でイギリス人)のもとで過ごすことになる。
おばあちゃんの家での暮らし
自然に囲まれた「おばあちゃん」の家での暮らしは、まいにとって安らぎだった。
ある日、おばあちゃんは自身が「魔女の家系」であることをまいに教えた。
魔女といっても、箒で空を飛んだりするような存在ではなく、
身体を癒す草木に対する知識や、荒々しい自然と共存する知恵。予測される困難をかわしたり、耐え抜く力。そういうものを、昔の人は今の時代の人々よりはるかに豊富に持っていたんですね。でも、その中でもとりわけそういう知識に詳しい人たちが出てきました。(中略)
そういうある特殊な人たちの持っているものは、親から子へ、子から孫へ自然と伝えられるようになりました。知恵や知識だけでなく、ある特殊な能力もね
梨木香歩 『西の魔女が死んだ』
という人たちだと、おばあちゃんは言う。
そして、おばあちゃん自身も魔女であり、まいにもその血は流れていると。
それから、おばあちゃんの指導でまいの「魔女としての修行」が始まった。
魔女修行
魔女修行といっても何か特別なことをするわけではない。
規則正しい生活のリズムを作り、身体と頭のために良いことを日課にする。
そのことで「意志の力」を鍛えることが大切だという。
そして、心の動きを自身でコントロールしなくてはいけないということも教えられる。
身体のために午前中は「家事エクササイズ」をして、午後は頭のために「勉強」や「読書」にあてることになった。
そしていつしか、まいと母との間では、おばあちゃんのことは「西の魔女」と呼ぶようになった。
魔女の修行は、家の周りの自然の中で順調に進んでいった。
しかし、まいにとってショックな出来事がきっかけで、前々から嫌悪感を感じていた隣人への憎悪を募らせてしまう。
憎悪の心をコントロールできなくなったまいは、おばあちゃんの前で決して口にしてはいけない言葉を発してしまった。
その時、おばあちゃんは初めてまいに手をあげてしまう。
まい自身も、どこかで自分が悪かったという気持ちもあるが、なかなか素直になれずにいた。
両親の元へ帰る日が近いというのに、おばあちゃんとの間にできた「しこり」。
とうとう、おばあちゃの家を去る時までその「しこり」は残ったまま、
いつものように「おばあちゃん、大好き。」とは言えずに別れてしまう。
おばあちゃんとの別れ、そして新しい生活
まいには分かっていた、おばあちゃんはまいに言って欲しいのだ。あの事件以前のように、「おばあちゃん、大好き」と。けれどまいには言えなかった。
車が発進し、門を出て、小道を回り、見えなくなっても、まだまいはおばあちゃんの訴えるような視線を感じていた。
梨木香歩 『西の魔女が死んだ』
両親の元に帰ったまいは、新しい学校でうまく生活できていた。
魔女修行で自身のコントロールができるようになってきたことも役に立ったようだ。
新しい生活が何かと忙しく、おばあちゃんとのことはそのままになってしまっていた。
西の魔女が死んだ
そんなある日、突然のおばあちゃんの訃報が届く。
おばあちゃんと暮らしていた時、まいは「人は死んだ後どうなるのか」と質問したことがある。
おばあちゃんは、「おばあちゃんが死んだらまいに知らせてあげますよ」と言い、
「本当に魂が身体から離れましたよって、証拠を見せるだけにしましょうね」と約束した。
そして、「西の魔女」はちゃんと約束を守った。
読後感
まず、この物語に引き込まれるのは、おばあちゃんが暮らす美しい自然環境の描写です。
野苺を摘んで、まいとおばあちゃんでジャムを作るシーンが最初に印象に残りますが、
野苺が群生している野原の情景の美しさ。
加えて、ジャムを作る過程もまるで目の前で二人が作業しているかのようにその様子が浮かびます。
家の周囲に咲く草花たちや、卵をうむ鶏との情景。竹林や杉林の様子。
そして、林を抜けた場所に見つけた周りを木で囲まれた陽当たりの良い空間。
その場所はまいのお気に入りの場所なのですが、そのひとつひとつの描写もとても美しいのです。
「西の魔女」としてまいに魔女の教えをとくおばあちゃんの言葉は、読み手もまた「魔女修行」をさせられているような思いになります。
まず、「意志の力」を強くすることが大切だとおばあちゃんはまいに言いますが、これは私もともすると忘れがちな重要な教えです。
規則正しい生活をして、身体と頭のエクササイズを習慣にすること、そして心の動きをコントロールすること。
とても大切ですが、難しいことでもあります。
一つの事件をきっかけに「疑惑や憎悪」に支配されそうになっているまいを、真相が究明されたとしても「また新しい恨みや憎しみに支配される」だけだとおばあちゃんは諭します。
そして「そういうエネルギーの動きは、ひどく人を疲れさせると思いませんか?」と優しくまいを導きます。
この言葉を目にして、私自身が「おばあちゃん」に諭されているような気がしました。
なんの役にも立たず、誰の得にもならないのに「愚かな怒り」で心が支配されてしまう、そんな愚行を幾度繰り返してきたことでしょう。
「魔女の教え」は人の心を解放する教えでもあるように感じます。
そして、最後に「西の魔女」は「東の魔女(まい)」との約束を守ります。
「ああ、あなたはそこにいるんですね。」と思った瞬間、涙が目を覆いました。
新潮文庫の100冊のジャンル分けのとおり、夏にぴったりの「泣ける本」です。
心のデトックスをしたいあなた、是非手に取ってみてください。
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