おじさんの本棚 第22回『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ

読書

おじさんの本棚に取り上げる22冊目の本は、

町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』です。

2021年本屋大賞受賞作」なので、もう読まれた方も多いかもしれません。

以前から気になっていた本だったのですが、先日やっと図書館で借りることができました。

これなら、さっさと自分で購入して読めばよかったと後悔するほどの感動作でした。

自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。

孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、新たな魂の物語が生まれる。

Amazon 作品紹介より引用

あらすじ

最果ての街に雨

主人公の女性「貴瑚」は、かつて祖母が暮らしていた海沿いの田舎町に引っ越してきた。

もう誰とも関わりたくなくなって、東京のマンションを引き払ってきたのだ。

東京のマンションを引き払う時に、携帯電話も解約した。誰にもーー友人や工場の同僚たちには黙って、一人で大分に越してきた。

「もう誰とも関わりたくない」貴瑚にそう思わせた出来事とはなんだったのか?

この田舎街に越してきて、貴瑚は一人の子供と出会う。

その子は言葉が話せず、母親から虐待を受けていた。

そのことが、貴瑚の子供の頃と重なるような気がした。

貴瑚の母親は、再婚して貴瑚の弟を産んだ。

母親は再婚すると、貴瑚のことを疎むようになり、義父は我が子ではない貴瑚を虐待した。

そして高校卒業と同時に、その義父の介護が貴瑚ひとりに押し付けられた

二一歳だったわたしは、義父の介護に明け暮れていた。義父はわたしが高校三年の年に筋萎縮性側索硬化症ーーALSという難病を発症したのだ。

(中略)

 仕事が激減し、それに慌てた義父は母が止めるのもきかずに鈍くなった体でトラックに乗り、単独事故を起こした。トラックは廃車になり、義父は右足を切断。わたしの高校の卒業式前日のことだった。

そうして貴瑚は、内定していた会社に就職することもなく、義父の「介護要員」にされた。

昼夜を問わない介護も、義父や母からは感謝されることもなく、逆に暴言を吐かれることもあった。

それは子供の頃、折檻で「来客用トイレ」に閉じ込められたように、出ることのできない場所で自身の人生を搾取される日々だった。

夜空に溶ける声

東京から越してきたこの街で出会った「あの子供」が、ある夜貴瑚のところにやってきた。

虐待に耐えかねて、家を飛び出して貴瑚のもとへ助けを求めにきたのだ。

その子供に、貴瑚はMP3プレイヤーでクジラの声を聞かせた。

そのクジラは52ヘルツの声で歌うクジラ。

貴瑚自身が、度々救われてきた「52ヘルツで歌うクジラの声」。

「このクジラの声はね、誰にも届かないんだよ」

少年が目を微かに見開き、首を傾げる。

「普通のクジラと声の高さが ー 周波数って言うんだけどね、その周波数が全く違うんだって。クジラもいろいろな種類がいるけど、どれもだいたい10から39ヘルツっていう高さで歌うんだって。でもこのクジラの歌は52ヘルツ。あまりに高音だから、他のクジラたちには、この声は聞こえないんだ。」

貴瑚は、母親から「ムシ」と呼ばれているその子に「52」という仮の呼び名をつけた。

いつかその子の本当の名前を心から呼べる日が来るまで。

ドアの向こうの世界

義父が誤嚥性肺炎を起こした時、懸命の介護にも関わらず母親から罵倒され、貴瑚は全てを諦めた。

そんな第一の人生から貴瑚を連れ出してくれたが「アンさん」だった。

「アンさん」は、貴瑚が「閉じ込められていた場所」からドアの向こうに連れ出してくれた。

アンさんは貴瑚のことを「キナコ」と呼んだ。

「第二の人生では、キナコは魂の番と出会うよ。愛を注ぎ注がれるような、たったひとりの魂の番のようなひとときっと出会える。キナコはしあわせになれる」

 そんなひとが果たしているのだろうか。いるわけがない。

「今は悲観したくなっても仕方ない。でも大丈夫、きっといるよ。それまでは、ぼくが守ってあげる」

その「命の恩人」とも言えるアンさんの本当の声を、貴瑚は聞き取ることができなかった。

それは、深い後悔を生むことになる。

52ヘルツのクジラたち

52」もまた、貴瑚と同じように虐待され愛されることのない日々を生きてきた。

二人とも「52ヘルツのクジラ」だった。

その声が届く誰かを求めていた。

そして物語の最後には、世界中にいる「52ヘルツのクジラたち」へのメッセージが。

読後感

家族だから、愛情を持ってお互いを思いやることがいつも当然のことだとは私も思っていません。

むしろ逆に、家族だから余計にこじれてしまうこともあるかもしれません。

ただ、世の中の大半の親は、子供のことは無条件に愛するものだと思いたいです。

この物語に登場する「親」は自分が第一で子供を愛せない「親」です。

子供が自分を見て欲しくて発した言葉も、そんな「親」には届くことはありません。

52ヘルツの声で歌うクジラのように、その子の声を聴いてくれる者は身近にはいないのです。

けれど、貴瑚にはその声に気づいて聴き取ってくれる人が現れました。

そして貴瑚も「52」の声に気づきました。

だからこそ、貴瑚は同じように辛い想いをしている世界中の「52ヘルツのクジラたち」に祈りのメッセージを送ります。

この物語の最後に記されたこの祈りこそが、作者がこの作品に込めた想いそのものだと私は思います。

どうかそのメッセージが世界中の「52ヘルツのクジラたち」に届きますように

未読の方のためにかなり端折ったあらすじを紹介したので、話のつながりが分かりにくいかと思います。

この作品は、全力でお薦めする本なので是非一度手にとって読んでみて下さい。

文庫本も発売されましたね。

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