おじさんの本棚から紹介する26冊目の本は、
小川糸さんの『ライオンのおやつ』です。
こちらは、ツイッターの読書垢さんのツイートでよく見かけて、気になっていた本です。
たまたま図書館で見つけて、借りてみました。
読み終わって、手元に置いておきたくなって購入、おじさんの本棚に加わりました。
いつか私が迎える最期の日まで、何度も読み返したいと思ったからです。
人生の最後に食べたいおやつは何ですか――若くして余命を告げられた主人公の雫は、瀬戸内の島のホスピスで残りの日々を過ごすことを決め、穏やかな景色のなか、本当にしたかったことを考える。ホスピスでは、毎週日曜日、入居者がリクエストできる「おやつの時間」があるのだが、雫はなかなか選べずにいた――食べて、生きて、この世から旅立つ。すべての人にいつか訪れることをあたたかく描き出す、今が愛おしくなる物語。
Amazon紹介文より
不治の病のため、余命宣告を受ける人がいます。
例えば、「余命一年」とか・・・。
では、「余命」を告げられていない「わたし」は、一年後も「必ず」生きていられるでしょうか?
「余命宣告を受けていないわたし」は、単に「それ」を猶予されているだけかもしれません。
あらすじ
否認、怒り、受容
「雫」は33歳で、余命を告げられました。
ステージⅣの癌でした。
担当医から、自分の人生に残された時間というものを告げられた時、私はなんだか頭がぼんやりして、他人事のようで、うまくそのことを飲み込めなかった。
そう雫は、振り返ります。
第一私は、ステージという言葉を見聞きするたび、幼稚園の学芸会で上がった小さな舞台を思い出してしまうのだ。
(中略)
だから、ステージという単語は、いまだに私の胸に淡い灯りをともす。おめでたいにもほどがある、と笑われそうだ。でも私はステージを、このまま思い出の場所にとどめておきたい。たとえそれがⅣで、もうその先へと続く階段がないとしても。
癌になんてならなければ、「ステージ」という単語は、きらびやかな「舞台」を意味するだけなのかもしれません。
その言葉の意味が変わる瞬間、それを告げられる当事者になった時、どんな思いがするのでしょう。
雫も戸惑いと、やり場のない苛立ちと怒りにとらわれました。
自分が近い将来死ぬことに対して、はっきりと目に見える形での恐怖はまだ抱いていなかった。けれど、これまで我慢して我慢してなんとかやってきた治療のすべてが無駄だったという現実に、自分がとても苛立っていた。治る可能性を信じて、担当医の言葉を信じて、希望を信じて、未来を信じて、あの苦しみに耐えていたのに。
それは、抗癌剤治療を選択した自分自身への怒りでもあります。
一人の部屋に帰って、雫は、思い切り感情を爆発させました。
そして、どう足掻いても「現状を受け入れる」ことしか選択肢はないことに気づかされたのです。
残された日々を、温暖な地で穏やかに暮らしたいと、雫は思いました。
ケアマネージャーさんの提案で、瀬戸内の島にある「ライオンの家」というホスピスで最期を迎えることにしたのです。
ライオンの家とマドンナ
雫が「終の住処」に選んだ、「ライオンの家」は、瀬戸内海の小さな島「レモン島」にありました。
ライオンの家の代表は「マドンナさん」という女性です。
島には橋もかかっていますが、マドンナさんは「船で来ることをお勧めします」と言います。
それは、瀬戸内の穏やかな風景を味わうことができるからでした。
そんなふうにマドンナさんは、「残りの人生」をホスピスで過ごす人たちの心に寄り添うことのできる温かい人です。
雫がライオンの家で暮らし始めてしばらくした頃、マドンナさんが雫に質問しました。
「ライオンは動物界のなんだかわかりますか?」
予想外の質問に、私は立ち止まってマドンナを見る。
「百獣の王ですか?」
「そうです、その通りです。つまり、ライオンはもう、敵に襲われる心配がないのです。安心して、食べたり、寝たり、すればいいってことです」
「そっか、だからここはライオンの家なんですね」
ライオンの家で暮らす人たちは、もう何も怖れずに、安心して、食べて、寝て、そして笑顔でいること。
それが、一番だとマドンナさんは言います。
その言葉を聞いた雫は、自分の部屋の鏡に向かって笑顔を作ってみました。
ライオンのおやつ
ライオンの家では、毎週日曜日におやつの時間があります。
そこで出される「おやつ」は、ゲストのみんながリクエストした「もう一度食べたい思い出のおやつ」です。
その中から、マドンナさんによって毎回1つのおやつが選ばれます。
そして、リクエストした人の希望に応えるように、忠実に再現して提供されるのです。
そのためリクエストには、具体的に「どんな味だったか、どんな形だったのか、どんな場面で食べたのか」の思い出をありのままに書きます。
日曜日のおやつの時間には、選ばれたおやつにまつわる思い出のストーリーがマドンナさんによって読み上げられます。
誰からのリクエストなのかは、秘密です。
けれど、おやつにまつわる思い出を聞いていると、希望した人の想いが伝わってくるのです。
この「ライオンのおやつ」を通して、その人が過ごした人生を共有する瞬間があります。
誰かの「大切な思い出」と一緒に、「最高のおやつ」をみんなで味わうのです。
読後感
今回、冒頭でも書きましたが、この本は図書館で借りて読みました。
読み終わって、どうしても手元に置いておきたい本だと思ったのです。
長年、読書を趣味にしていると、
「今、このタイミングで、この本に出会ったことは、とても偶然とは思えない」
と感じることがあります。
この『ライオンのおやつ』が、まさにそんな本でした。
これから先、いつか私にも最期の時が訪れます。
「その日を迎えるまで、何回も読み返したい」
「そして、命ある今を大切に、精一杯生きていきたい」
私にそう思わせてくれた本です。
物語の冒頭、島に向かう船の中で、空に一筋の飛行機雲を見つけて雫はこう思います。
私はもう、あんな風に空を飛んで、どこかへ旅することはできないんだなぁ。そう思ったら、飛行機に乗って無邪気に旅を楽しめる人たちが、羨ましくなった。明日が来ることを当たり前に信じられることは、本当はとても幸せなことなんだなぁ、と。
そのことを知らずに生きていられる人たちは、なんて恵まれているのだろう。幸せというのは、自分が幸せであると気づくこともなく、ちょっとした不平不満をもらしながらも、平凡な毎日を送れることなのかもしれない。
自分が今、幸せであると気づくこともなく、平凡に暮らしていることが、なんて恵まれているのか?
誰かに背中を「パシっと」はたかれたように感じました。
わたしは、今が充分に満たされているということを、忘れてはいけないのです。
まさに「足るを知る」です。
こうして、この本は「おじさんの本棚」のゴールデンスペースに置かれることになりました。
未読の方は是非一度手にとってみてください。
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