おじさんの本棚から取り上げる、15冊目の本は、
瀬尾まいこさんの 『天国はまだ遠く』です。
なんだか今の心境にしっくりくる物語だったと思い出して、読み返しました。
そして、この本で癒される人もあるかもしれないと思い、15冊目に選びました。
こんな人にオススメです。
仕事も人間関係もうまくいかず、毎日辛くて息が詰まりそう。23歳の千鶴は、会社を辞めて死ぬつもりだった。辿り着いた山奥の民宿で、睡眠薬を飲むのだが、死にきれなかった。自殺を諦めた彼女は、民宿の田村さんのお大雑把な優しさに癒されていく。大らかな村人や大自然に囲まれた充足した日々。だが、千鶴は気づいてしまう、自分の居場所がここにないことに。心にしみる清爽な旅立ちの物語。
瀬尾まいこ 『天国はまだ遠く』新潮文庫 裏表紙のあらすじより
文庫のあらすじにあるように、これは一人の女性の再生の物語です。
あらすじ
「やめる」決心
ずっと前から決めていた。今度だめだと思ったら、もうやめようって。いつも優柔不断で結局失敗してしまうけど、今度の決意は固い。一度切ろうと思ったものを引き延ばすのには力がいる。もう終わりにしようと思ったら、長引かせちゃいけない。本当に終わりにするのだ。
旅行鞄には、いるものだけを詰めた。
瀬尾まいこ 『天国はまだ遠く』
という書き出しからこの物語は始まる。
主人公の千鶴は、何かを「もうやめよう」と決意した。
仕事を辞めるつもりなのかと読み進めると、彼女が決意したのは、
「生きることをやめる」ことだとわかる。
彼女は、その決意を実行に移すには、とにかく暗くてうら寂しい場所こそふさわしいと考えた。
行き先などはっきり決めず、とにかく北へ、冬に向かう暗い日本海へと彼女は向かう。
北に向かう列車で辿り着いた駅も、うらぶれてはいたが駅前はそれなりに活気がある。
「ここじゃない」と思った彼女は、駅前でタクシーを捕まえる。
行き先を明確に告げず「とりあえずもっと北へ」向かって欲しいと告げる彼女は、運転手に訝しがられながらも、一軒だけ民宿があるという山間の集落に辿り着いた。
木屋谷の「民宿たむら」
タクシーから降りたのが、その木屋谷集落で一軒だけの「民宿たむら」だった。
営業しているのかも怪しい雰囲気だったが、他にいく場所も無いので中に向かって呼びかけると、むさ苦しい男が一人現れた。
「客など久しぶりなので、扱いがわからない」というが泊まることはできるという。
とりあえず、宿の確保ができた千鶴は、その夜に自殺を決行することにした。
いざ、自殺するとなると死の恐怖にたじろぎながらも、付き合っていた彼氏にだけはメールで伝えておこうと考え、遺書代わりのメールを送信した。
そしてあらかじめ準備しておいた睡眠薬を飲み尽くし、二度と目覚めることがないだろう眠りに落ちていった。
だがしかし…、
爽快な目覚め
目覚めは爽快。深い深い眠りの後、キッパリと目が覚めた。爽やかな朝、窓越しに太陽の光が見える。雲が出ていないのだろう、太陽の光はいつもより濃く、部屋の中がすっきりと明るい。こんな清々しい朝を迎えるのは、何年ぶりだろうか。
自殺は失敗した。
彼女自身が致死量に相当すると思って飲んだ「睡眠薬」は、ただ深くて長い眠りを与えてくれただけだった。
民宿の男「田村さん」が言うには、千鶴は眠りについた翌日も丸一日眠り続け、中一日おいて三日目の朝に目覚めたことになる。
そして、その深くて長い眠りは、彼女を健康な生活に引き戻したのだった。
深い眠りは新しい朝をちゃんと連れてくる。クリアになった頭には、昨日までの悩みを受け入れて、それなりにがんばってみようという健やかな意欲がほんの少し生まれていた。眠ることは素晴らしい。(中略)
瀬尾まいこ 『天国はまだ遠く』
健康な生活は私を少し元気にしてくれる。身体の調子がいいと、気持ちも軽い。仕事がうまくいかない、上司に責められる。そんなことどうだっていいんだ。そんなくだらないこと、人生においてはささいなことなのだ。
この時点では、千鶴はまだ寝起きで、自分が寝る前に自殺を図ったことを思い出していなかった。
規則正しい生活と、良質な睡眠は人を健康にしてくれる。
千鶴は、もう自殺しようとは思わなくなっていた。
それから、「民宿たむら」の田村さんと、千鶴との木屋谷での日々が始まった。
田村さんと木屋谷での日々
山の暮らし、海での漁、畑でとれたての野菜、目の前で絞めた地鶏の味、おろしたての魚の刺身、海から登る朝日、手の届きそうな星空、それらの自然の中に身をおくことで千鶴は癒されていく。
そして、田村さんのぶっきらぼうな優しさも沁みてくる。
木屋谷での暮らしは、とても居心地が良くとても去り難いものだった。
しかし、その暮らしが与えてくれた癒しで自分自身を取り戻すにつれ、
千鶴には「ここが自分の居場所ではない」ということに気づいていく。
田村さんも、いずれ千鶴が木屋谷を出ていく日が来るのはわかっていた。
お別れと再出発
千鶴が出ていくことを告げた日、田村さんは「白菜、大根、卵、干物、打ったばかりのそば」など2つの紙袋いっぱいに詰め込んで千鶴に持たせた。
帰りの列車に乗る駅まで、田村さんは軽トラで送ってくれた。
駅前での別れ際、千鶴は思わず田村さんに質問してしまう。
私が帰るのって、田村さん、悲しいですか?
瀬尾まいこ 『天国はまだ遠く』
※この先の二人の会話は、ぜひ実際にこの物語を読み進めてから読んで欲しいので、あえて引用しません。
帰りの列車で、田村さんが詰めてくれた紙袋の中身がこぼれ落ちないように詰め直していると、
「民宿たむらのマッチ」が一つ入れてあることに千鶴は気づく。
マッチには、民宿たむらの住所と電話番号が記されていた。
読後感
仕事や人間関係に疲れてしまった千鶴に、自身を投影してしまう人は少なくないと思います。
多くの人の悩みは、人間関係に端を発するものがほとんどだと聞いたことがあります。
「今度だめだと思ったらもうやめよう」と思いつめるまでにはどれほどの眠れない夜があったことでしょう。
思い詰めると、人はその枠から外に考えを巡らすことができなくなるのかもしれません。
主人公の千鶴は睡眠薬で自殺を図ったにも関わらず、(幸いにも)ただ深く長い睡眠を得ただけで失敗してしまいます。
皮肉なもので、その「深くて長い睡眠」が彼女を健全な精神状態に引き戻していきます。
やはり、心と身体は別々ではないのですね。
健康を取り戻し、木屋谷での生活で癒されていく過程は、読み手の私たちにも癒しをくれます。
大自然の恵みを受け取り、民宿の田村さんや木屋谷の人々と関わる中で、自然に自分を取り戻していくような、そんな不思議な感覚です。
とりわけ、田村さんの千鶴への対応は、表面的には少しずれているように感じさせながらも、本当に千鶴を気遣っていることがわかります。
こんなふうにさりげない優しさで人を包める人に、自分もなりたいものだと思います。
物語は千鶴目線で語られますが、並行して田村さんの気持ちを想像しながら読むと、結構切ないです。
千鶴が帰ることを決めた日、2つの紙袋がパンパンになるくらい野菜や干物やそばを詰めていく田村さんの気持ち。
そして、その中に一つ「民宿たむら」のマッチを入れた気持ち。
おじさんは、こういう男の痩せ我慢に弱いんです。( ; ; )
マッチに書かれた住所と電話番号に導かれて、いつかまた千鶴が「民宿たむら」を訪れる日が来ることを想像しながら、本を閉じました。
□閑話休題
本の画像を挿入しようとAmazonを見ていたら、この物語は実写化されていたようです。
その時の「千鶴」役は「加藤ローサ」さんだったようです。
私の独断ですが、今なら「千鶴」役は、「小芝風花」さん意外考えられないです。
飲み会で酔っ払いながら地元のおじさん達と会話するシーンとか、
最後の日、駅前での田村さんとの会話とか、
「小芝風花」さんが演じている光景が私の頭の中で再生されています。
みなさん、どう思いますか(笑)。
コメント